過去、この日(https://shun-t.hatenadiary.jp/archive/2008/08/24)に書いたように、こんな本を読んだことがあった。

生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)

生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)

  • 作者:福岡 伸一
  • 発売日: 2007/05/18
  • メディア: 新書
 

父親に紹介され、どうやってこういう本を探してるんだろうと思ったものだったが。

 

今、自身も人類として例外なく、昨今の禍(か、と読むらしい)に社会的に巻き込まれ。
ふと、上記の本が引用された書評を見かけ、ウイルスが生物か無生物かの議論が書かれていたのを微かに思い出しつつ、紹介されていたこの本で改めて復習してみようかなと思った次第です。 

ウイルスは生きている (講談社現代新書)

ウイルスは生きている (講談社現代新書)

 

読んだのは、お手軽Kindle版です。

 

こちらの本ですね、真ん中の辺、結構専門的な記述も多く、理解する前に飛ばし読みした部分も多々あります。
という言い訳をしつつ、いつものようになるほどうポイントを挙げます。
・中世ヨーロッパで恐れられた三大疫病は、ペスト、ハンセン病、「聖アントニウスの火」。なんかの伝説ぽい名前の三つ目は、かかると焼けるようなひどい痛みを伴って、手足の末端から壊死が起こり、腐り落ち、最悪は死に至る病らしい。ひぇ。。。なぜ聖人アントニウスの名前を冠したかは、例によって諸説あるらしい。原因はライ麦パン内の麦角菌が出す麦角アルカロイド
・なぜウイルスが作り上げてきた機能を、うまく利用することで、哺乳動物は合胞体性栄養膜を作れるようになったか、の説明で突然PCの例えが出てきて面食らった、がめちゃよく分かった。
ある機能を果たすモジュールをウイルスが作り、それが感染に伴って宿主ゲノムにあたるOSに持ち込まれ、OSはそのモジュールを自己のシステムにうまく取り込み、役に立つプラグインが実行できるようにバージョンアップしてしまった。
なるほどう。
・生物進化の歴史を描いた有名な模式?として「生命の樹」がある。普通に学校で勉強していれば、目にすることがあるだろうアレだ。イメージ的にはアレは、平面的に樹が垂直に(時間軸)伸長して枝を伸ばして分岐しているものだったが、フォード・ドリトルが発表したものはなんと!枝が平面方向だけでなく、水平な奥行き方向面にも三次元的に分岐して描かれており、これは同時代に存在する他種の生物同士の遺伝子のやりとりがあることを表現している。
この遺伝子のやりとりは、ウイルス(ファージ)がかなり関与していると考えられている。大半無害な大腸菌が凶暴な菌であるO157に変化したのも、この水平方向の遺伝子のやりとりによると推定されている。
・ウイルスとは何か?生物か無生物か?のようなことを考える際にありがちな問題として「手足のイドラ(幻影)」がある。円状の形から突起が数本出ている形のウイルスに、仮に目と口を描いてみると、突起が手足のように見えてきて「生きている」ように見えてしまう。要するに、「生物とはヒトのような形のもの」とか「生物とは哺乳類のような形態で活動しているもの」という、直感的な先入観に、「生物」の定義が引きずられてしまうこと。うーんなるほど、さもありなん。
どうにも、「これやってれば生命活動だろう!」という要素が、ことごとく覆される例があるようで、非常に難しい問題らしい。
ウイルスは自己の維持に必要な代謝をしないので生物ではない、と言うなら、人間だってアミノ酸代謝系の一部を外部環境に依存しているそうだ。

 


結構長くなってきたので、これくらいにしよ。

人類とて、宇宙から見ればチリ以下の存在・・・。そこをベースにして生きているとは何か、と語るとは、ちゃんちゃらおかしいことよ・・・。